2017年11月13日月曜日

新人業務研修会を終えて

11月11日、12日。

愛知会の直近1年余の新人22名を西区浅間町の会館に迎え、秋晴れのもと、最寄りの幅下公園に於いては、地主役の役員相手に立会体験等、受講していただきました。

先週8日は、土地家屋調査士試験の合格者発表があり、今回403名中、81名もの名古屋会場で中部6県の合格者が輩出されたようです。8%相当の難関の門を通り抜けたみなさん、おめでとう。

そしてこの内、半数(42名!)が愛知会新人となって、来年の研修会を受講されるのであれば、もっと広い公園借用を検討することにしましょうか。

 嬉しい役員の悲鳴が聞こえます。

 

 研修会では、野口規さんから適正な業務と正当な報酬、古垰滿君から基準点測量の必要性、服部修司副会長から数値資料のある地域の土地境界について、江口滋さんから数値資料のない地域の土地境界について、をはじめ、熱い先輩役員からの講義に熱心に聴きいっていただけた事を、ご報告。

 愛知会独自の新人立会研修では、厄介な地主の登場に対応してみて、31才~68才の様々な新規登録会員達も、新鮮な2日間が体験できたことでしょう。


2017年11月7日火曜日

温故知新 昭和26年

平成29年10月24日、名誉会員加藤幹男先生がお亡くなりになられました。享年95歳。大正12年のお生まれでした。
 現在は西支部にて、かつての事務所を、ご子息が調・司合同事務所を営んでおられます。平成の初め。愛知会は、450名の会員の集まっていた本局支部を3分割。岡崎と豊田を支部2分割するという施策をとり、この時、ラスト支部長として、東・北・西支部に分割する、いわば混乱をぐいぐいととりまとめていただいたのが加藤幹さん(失礼ながら、当時より幹さんと呼称させていただいていました。)でした。酒席に移るやいなや、当時より両手をパンパンと叩きまくり「俺について来い!」と一喝し、多くの不平や不満を見事におさえられた笑顔が忘れられません。
 
 愛知会は、かつての大先輩、成澤千勝元会長、その先代の三原荘一元会長も、名誉会員でした。成澤先生はまだ、ご家族の元でご健在とうかがっています。松坂輝男先生も、私直樹の地元中区の大先輩、株式会社オオバ役員もなされていた名誉会員でした。
 
 先輩方に開墾していただいた圃場で、私共は禄を食んでいます。これからは、自ら耕していかなければならない。
 それが、表示登記申請頼みではない土地家屋調査士業務領域の外に出よという、私なりの3条業務外を考えること。
 
 事務局整理の際、佐々木事務局長に、興味深い昭和26年当時の広報誌を見つけていただきました。
 会員Kはどなたでしょう?御存知の方、ご教示ください。66年前の記事です


2017年11月2日木曜日

タウンミーティングにて、そして更なる情報公開


 しばらく、シャープペンが停まっていました。

 私、直樹は、このブログも含め、原稿は全て手書き・アナログ派です。口頭にて、直接対話する方が言いたいこと、伝えさせていただきたいことを理解していただけると思っています。

 本日現在。愛知会11支部中4ヶ所をまわらせていただき、主に本会の財務状況と、会費をどのような形で負担していただくのが公平なのか。

 対話を続けています。

 無論、支出と収入の両面から財政は考えなければなりません。

 

 愛知会の広報誌・会務通信は、現在愛知会会員のみ読むことが出来ます。このブログをお読みいただける同じ環境にはありません。近々、パスワードをはさむことなく、一般公開する指示を関係部署にいたしました。

 機関決定を経た上で、広く、私達の活動を公開していこうと考えています。

内部広報誌に絞って、永年発行してきた経緯は熟知しています。ひとつの転換を会長指示にて行なっていきます。

ひとつは、内部の財政のことを1100名余の輪の中でケンケンガクガク模索中である現状が一般公開できなかった原因でしょう。

 私共土地家屋調査士会は、公器です。

 自分達の資格者職能組織である前に、国民、市民のみなさんの為に法がたちあげた団体です。

内部機関誌故に、直近の号にて本会役員の執筆記事の中、公益社団法人愛知県公共嘱託登記土地家屋調査士協会のみなさんに対して、失礼な表現となる不十分な校閲を行なってしまいました。

 会長の私は謝罪をさせていただきます。この場をもって、協会社員のみなさんに深くお詫び申しあげます。(正式謝罪は、次号をもって出稿いたします。)

 

私は、この組織の中で対話を重ねていきます。国民、市民のみなさんに自身をもって情報公開できるよう、努めていきます。